2015年度教科書採択への取り組み

 @ 学習権とは
読み書きの権利であり、
問い続け、深く考える権利であり、
想像し、創造する権利であり、
自分自身の世界を読みとり、歴史をつづる権利であり、
あらゆる教育の手だてを得る権利であり、
個人的・集団的力量を発揮させる権利である。

学習権はたんなる経済発展の手段ではない。それは基本的権利の一つとしてとらえられなければならない。

学習活動はあらゆる教育活動の中心に位置づけられ、人々を、なりゆきまかせの客体から、自らの歴史をつくる主体にかえていくものである。
                    「ユネスコ学習権宣言」(1985年3月29日採択)より抜粋

A 最良の教科書とは
 正確な知識、多面的・多角的な視点からのものの見方、考え方を身に付け、それらの基礎的な知識を基に、子どもたち自らが、自主的・主体的に学び、思考力・判断力・表現力などを学習することを可能とする教科書。

B 最良の教科書を選定・採択するための資格条件
 教育の専門的な知識、教育実践経験を有していること。
日常的に教科書や子どもたちに接し、どのような教科書が適切であるのかを判断できること。

C 教科書の選択権を認める「教員の地位に関する勧告」
教員の地位に関する勧告(ILO・ユネスコ1966年)

 61 教育職は専門職としての職務の遂行にあたって学問上の自由を享受すべきである。教員は生徒に最も適した教材および方法を判断するための格別の資格を認められたものであるから、承認された計画の枠内で、教育当局の援助を受けて教材の選択と採用、教科書の選択、教育方法の採用などについて不可欠な役割を与えられるべきである。

D 最良の教科書の採択に逆行する教育委員会の採択権限の強化
 文部科学省は、前記のB最良の教科書を選定・採択するための資格条件、C教科書の選択権を認める「教員の地位に関する勧告」に反して採択手続きから教員を遠ざけ、Bの資格条件を満たさない教育委員らの私的な判断(好み)で教科書を採択できるように教育委員会の採択権限の強化している。  

E 教育委員会の採択権限の強化の経過

 新しい歴史教科書をつくる会(以下「『つくる会』」という)は、「日本の歴史教科書は『自虐的』であり、自分の国に誇りをもてない」と「日本の国に誇りをもてる教科書」をつくるために結成(1997年)し、同会則第3条で、「この会は新しい歴史・公民教科書をつくり、児童・生徒の手に渡すことを目的とする」とある。

 そして、「つくる会」は、扶桑社と共同で歴史と公民教科書を編纂し、検定に申請(2000年)し、合格(2001年4月3日、検定結果公表)した。しかし、扶桑社版歴史教科書は、歴史的事実の歪曲を行ってまで自国の歴史を賛美・正当化しており、公民教科書も、人権より国権を重視する内容であり、いずれの教科書も多くの問題点を指摘され、教員や教育委員ら採択関係者の評価や「選定資料」の評価は低く、「選定資料」の評価に基づく採択の在り方では、同教科書が採択される可能性は極めて低いと予想された(2001年度の同歴史教科書の採択率は、0.039%。なお、2005年度は、0.4%)。

 そこで、「つくる会」は、このような採択の在り方を変えるために、「教科書採択へ向けた支部活動の指針」(事実証明書2)を作成し、「教科書採択の現状」を「@学校票方式」では、「学校の投票」が一番多い教科書が採択されている、「A採択委員会方式」では、「採択委員会の答申」を教育委員会がそのまま追認することが慣例となっていると、教育委員会の「採択権限と責任が不明確である」として、「教育委員会の採択権限の強化」を訴えている。つまり、「『選定資料』に基づかず、教育委員らの独自の思い・評価で決定する採択」の在り方である。

 「つくる会」のこの主張と働きかけを受け、2000 年8 月、中川秀直官房長官(当時)は、「教科書採択を教育委員会が責任をもって行うのも重要課題」と述べ、大島理森文相(当時)も、「教科書選定は、毅然として教育委員会の判断で行うことが当然」と国会で答弁。「教育委員会の権限と責任で採択を行え」との趣旨の文部省「通知」が、全国の都道府県教委に出された(2000年9月)。

 この通知の影響で、2001 年度の採択から学校希望票の廃止や教員らの意見が選定資料から排除されるようになった(『朝日新聞』2001.5.2 事実証明書3)。

 そして、再び4年後の2005 年度採択に際して、山中伸一文科省審議官(当時)は、「日本の前途と歴史教育を考える会」の総会で「採択権限は教育委員にあることを明確化するため、教育委員の決定は選定委員会や調査委員会など下部機関の示した選定資料には拘束されない」との方針を明らかにし(『産経新聞』2005.3.3。事実証明書3)、教育委員会における採択の際の権限がさらに強化された。

 こうして、教育委員会に採択権限があるとして、「選定資料の評価」や「採択委員会の答申」に拘束されず、教育委員らの独自の思い・評価に基づき、教育委員らの多数決による採択が、強行されるようになってきたのである。

 「教科書採択へ向けた支部活動の指針」(事実証明書2)は、「つくる会」が作成したものであるが、育鵬社版の事実上の共同事業者である「日本教育再生機構」の会報(事実証明書4)が示すように、この採択の在り方は、「つくる会」「日本教育再生機構」など右派勢力が求めるの共通の主張であった。

 たとえば、愛媛県今治市教育委員会小田委員長(当事)は、「私たち5人の教育委員が主体的に選定を行うということとして事務局として準備をしていただきたいと思うわけでございます。」(第7回教育委員会会議録)と教育委員らの判断で採択するための採択環境を整えるように事務局に要求している。これは、「委員の決定は選定委員会や調査委員会など下部機関の示した選定資料には拘束されない」(『産経新聞』2005年3月3日)と連動し、「つくる会」の主張に連動している。そして、2009年度の採択において、今治市教育委員会の教育委員らは、選定・採択資料の評価と答申を無視して、私的な独自の思い・評価で「つくる会」が主導し編纂した扶桑社版教科書を高く評価し、教育委員らの多数決で採択した。小田委員長は、「日本会議」の会員である。


 2011年度の採択で、育鵬社版の歴史教科書と公民教科書の両方を採択したのは、公立中学校の採択地区は、@栃木県大田原市、A東京都大田区、B同武蔵村山市、C神奈川県横浜市、D同藤沢市、E広島県呉市、F愛媛県今治市、G同四国中央市、H同上島町の9地区である。

 育鵬社の歴史教科書のみを採択したのは、I島根県益田地区(益田市・津和野町・吉賀町)、J山口県岩国地区(岩国市・和木町)である。

 育鵬社の公民のみを採択したのは、K大阪府東大阪市、L広島県尾道市、M沖縄県八重山採択地区(石垣市・竹富町・与那国町)である。

 これらの地区における採択の多くが、今治市教育委員会と同様の採択である。

 つまり、「採択権限は、教育委員会にある」として、選定・採択資料の教科書の評価や答申を無視して(拘束されないと)、教育委員らの独自の思い・評価に基づく多数決による採択である。

F 安倍政権の「教科書改革実行プラン」に基づく「平成28年度通知」
                          →「通知」取消を求める請願

 この、「つくる会」「日本教育再生機構」など右派勢力と共同歩調を取ってきたのが、「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」(後に「日本の前途と歴史教育を考える会」と改名)で、現在の安倍政権の中核を担う自民党議員は、この会のメンバーであった。安倍晋三首相は、同会が1997年創立された当時の事務局長である。その後も一貫し同教科書を支持してきたことは、周知のとおりである。

 その安倍内閣の文部科学省は、「教科書採択の改善」などと称して「教科書改革実行プラン」(2013年11月15日)を発表し、「『選定資料』に基づかず、教育委員らの独自の思い・評価で決定する採択」を促す「平成28年度通知」を行ったのである。

 このような採択方法では、子どもたちの学習権を保障する最良の教科書を子どもたちに手渡すことは、できない。

 教員を中心に、教科書を選定し、採択する制度を取り戻す必要がある。


採択手続きの流れの概要 
取り組みのポイントの概要

1,各採択手続きに対応して、教育委員会の私たちの請願・要望書などを提出
2,教育委員会への傍聴と採択に関する資料の入手
. 教育委員会の採択手続き 教育委員会に対する取り組みのポイント
4月 @教育委員会で今年度の採択の手順など検討。

◎文部科学省の「採択についての通知」などが送付される。

◎教科書展示会場の確認

●教育委員会への選定・採択資料に基づく採択を求める請願・要望書の提出


●教育委員会の傍聴し、今年の採択の手順などを確認と採択に関する資料の入手
注目点(4〜5月)は、「子どもたちに渡すな!あぶない教科書 大阪の会」参照
https://www.data-box.jp/pdir/29d3de3aa05343eba23c86549b5c1d1f
 
5月 A選定・採択委員会(名称は、各教育委員会などで異なる)の委員の選任

B調査員の選任
 ●教科書を調査研究する「調査要素と具体的な観点」 に関する請願・要望書の提出

●教科書を調査研究する「調査要素と具体的な観点」 に関する公開質問状
6月 C 教科書展示会(6月中旬に2週間)各地の図書館などで行われる。

教科書の調査研究が開始される
● 教科書展示に出かけ、教科書の評価・感想を記入
●答申に基づく採択を求める請願・要望書の提出
●「教科書採択会議」についての公開質問状
 
7月 D 選定・採択委員会が開催され、教育委員会へ答申 ●採択における「教育専門的知識経験と判断」に関する公開質問状

●教科書採択についての要請書 




本件採択の公的手続きを経て作成された公的資料一覧 
@ 資料「平成24年度使用教科用図書調査研究資料」(証拠甲7号証)今治市教科用図書選定委員会の下に置かれた、調査員である教員などが教科書を調査研究した資料。これが最も基礎的な資料。
A 資料(別紙1)平成24年度使用教科用図書調査報告書(学校集計用)資料。(証拠甲9号証)今治市の全教員が、教科書展示センターも出掛け、担当の教科の教科書を調査研究し、使用したい教科書の報告書を提出。それを各学校毎で集約した報告書。全教員への使用希望アンケートとの正確を持つ資料。
B 資料(別紙3)平成24年度使用教科用図書調査報告書(学校集計用)」(証拠甲10号証)上記の報告書に書かれている全学校の意見を教科毎にまとめた一覧。なお、これには、保護者の意見も含まれている。
C 資料「平成23年度 今治市教科用図書選定委員会 審議結果報告書」(証拠甲8号証)選定委員は、校長会代表者・教員代表者・保護者代表・学識経験者で構成。@〜B資料と県教委が作成したD資料(証拠甲93号証)に基づき協議し、教科書を選定し、教育委員会に答申した報告書。


 2011年度の今治市教育委員会が行った違法な採択の概要(準備書面75)の要旨

第一、本件採択の違憲・違法性(本件採択の適正手続違反など)


1、採択に求められる適正手続

原告準備書面(別紙「原告及び被告並びに裁判所の本件に関する書面の一覧」)で、本件採択の違憲・違法性を述べた。これらをベースとして、原告準備書面(74)で、原告らがこれまで主張してきた概要を述べた。つまり、現在の教科書採択制度は、戦前における教育が果たした負の歴史の反省に基づく戦後の教育方針・原理の下にあるということである。

(1) 近代公教育の価値的中立が要請する採択の適正手続の要件

戦後教育方針に基づく戦後教育制度の中心をなすものが、近代民主主義国家の基本原理を近代公教育に取り入れた公教育の価値的中立である。別の言い方をすれば、教育の国家からの独立ないし、不干渉(政治介入の禁止)である。そして、教育は、科学に基づく真理教育中心の原則である。つまり、教科の専門性に基づく教育ということである。そして、同時に、私教育の自由の原則(私教育における知育の自由・宗教等の選択教化的徳育の自由、私人の私立学校設立の自由・私立学校選択の自由等)である。

そして、これらのことが、採択における適正な採択の要件となる。


(2) 「子どもの権利条約・最高裁判決」が要請する採択の適正手続の要件

子どもの権利条約では、「教育はそれ自体で人権であるとともに、他の人権を実現する不可欠な手段」と位置付けている。そして、憲法26条の「規定の背後には、国民各自が、一個の人間として、また、一市民として、成長、発達し、自己の人格を完成、実現するために必要な学習をする固有の権利を有する」としたうえで、「子どもの教育は、教育を施す者の支配的権能ではなく、何よりもまず、子どもの学習をする権利に対応し、その充足をはかりうる立場にある者の責務に属する」と、「子どもの学習をする権利」と「教育を施す者」との関係であり、「教育を施す者」である教育委員会は、これらを保障する教科書を選定し、採択し、それを子どもたちに提供する責務を負っている。

そして、このことが、採択における適正な採択の要件となる。


(3) 文科省「採択について(通知)」が要請する採択の適正手続の要件

文科省は、前記のことを踏まえて、「採択について(通知)」(証拠甲11号証)において、「教育委員会その他の採択権者の判断と責任により、綿密な調査研究に基づき、適切に」採択を行う必要があること、採択の在り方を「教科書の内容についての十分な調査研究によって、適切な手続きにより行われるべきものであることを踏まえ、適正かつ公正な採択の確保を徹底する」ことを指導している。

当然ながらこのことが、採択における適正手続きの要件となる。


(4) 教科書の特殊性・特異性が要請する採択の適正手続

「教科書の内容についての十分な調査研究」「綿密な調査研究」が必要なことは、科学に基づく真理教育、教科の専門性に基づく教育という近代公教育の原則と「子どもの教育を受ける権利」「子どもの学習権」(ユネスコ学習権宣言・旭川学力テスト最高裁判決)がその背景としてある。また、教育において学校教育が大きな位置を占め、学校教育における教科の主たる教材として教科書が使用されることから、教科書が、子どもや社会に与える大きな影響、子どもたちが地域社会の現在及び未来を担うという教科書の特殊性・特異性がある。

このことも、当然ながら採択における適正手続きの要件と前提である。


(5) 住民投票とも言える採択が示す採択の適正手続

このような教科書の重要性から、全国規模では、教育委員数/7538人、選定審議会委員数/883人、採択地区協議会委員数/5327人、選定委員会委員数/6271人、教科書調査員数/27138人、合計47157人、教科書展示会場数/2078箇所(2005(平成17)年度教科書採択関係状況調査(集計結果)と2007年の文科省の統計より)に示されるように、他に類を見ない大規模の採択手続きが行われ(詳細は、準備書面(14)、同(27)の3頁)、全国の587地区の採択地区で採択が行われる(詳細は、原告準備書面(59))。それは、住民投票とも言える規模の取り組みである。

このことは、採択における適正手続きの重要性を示している。


(6) ユネスコ・ILOが「教員の教科書の選択権」を勧告

この選定委員会委員数/6271人、教科書調査員数/27138人の殆どが、当然ながら、教科の専門的な知識と教育実践と教職員免状を有する教員らである。ユネスコ・ILOの「教員の地位に関する勧告」の6号で、「教育の仕事は専門職とみなされるべきである」とし、61号で、「教員の教科書の選択権」を勧告している。

当然、採択手続きにおいて、この勧告を受け止めそれを採用する義務を教育委員会は負っていると考えることが妥当であろう。


(7) 憲法などを要請する採択の適正手続

採択における適正手続きは、憲法の根拠を13条ないし31条、行政手続法上からも、教科書採択手続きにおいて、「正義が行われたと歴然と疑う余地なくみえる〔外観上容易に観取される〕」手続が要請されている。


(8) 無償措置法が規定する適正な教科書採択

無償措置法が規定する適正な教科書採択については、準備書面(74)56〜61頁及び同(9)などなどで詳細に述べたとおりである。このことは、直接的な法的適用要件となる。


(9) 公共入札の一種である教科書採択に要請される適正手続

憲法26条2項で「義務教育は、これを無償」とする。教育の地方分権にもとづき、義務教育の無償のための教育環境整備のために、その教育費を国、都道府県、市町村が、分担している。義務教育諸学校用の教科用図書(以下、「教科書」)は、子どもたちが使用する教科書は、憲法26条との関係で、義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律(以下、「無償措置法」)に基づき、採択手続きを経て、使用する教科書を決定し、それを国が購入し、子どもたちに無償で給与される。一方、教員が使用する教科書は、教育委員会の自治体(都道府県、市町村)が購入する。

つまり、教科書採択とは、国ないし都道府県・市町村が購入する教科書を決めることである。国ないし自治体が民間から物品やサービスを購入したりする際には、「公正性の確保」が求められ、この公正性を保つため、何らかの客観的な基準に照らして企業を選び、そこと契約し、取引を行なう必要がある。そのために、入札という方式がとられる。それは、教科書の場合も例外でない。

採択(入札)の目的は、人権としての教育を受ける権利、学習権を保障する子どもたちに最も適した教科書(物品)を公正に選ぶことであある。つまり、最も適した教科書(物品)を発行する教科書会社(契約者・落札者)を選ぶことになる。

この公共入札には当然ながら、公共入札に求められる適正手続きを、主として独占禁止法との関係の適正さを求められる(詳細は、原告準備書面(21)、同(24)、同(28))


(10) 適切な教科書を選定する基準及び採択基準は適正手続の要件となる

「子どもの学習をする権利」及び「子どもの学習権」を保障する教科書を選定し、採択し、子どもたちに提供することが、教科書採択の最終目的であるから、それを満たす教科書であるかを調査研究する必要がある。そのためには、当然ながら、どのような観点から教科書を調査研究し、評価し、選定し、採択する基準が極めて重要となる。そのための具体的な基準を原告準備書面(74)62〜67頁で示した。また、準備書面(16)、同(38)、同(39)、同(45)、同(51)でも述べた。

このことは、採択目的と密接不可分の関係にあるので、当然ながら、適正手続きの要件となることは明白である。


(11) 採択の「定義」と採択の現実が要請する採択の適正手続

教科書採択の「定義」を原告準備書面(74)49〜50頁でその概要を述べた(詳細は、原告準備書面(9)のとおり)。つまり、「採択」とは、学校で使用する教科書を決定する一連の手続き行為を含むと解するのが妥当である。つまり、それぞれの公的手続きにおける結果を踏まえて、次の手続きを適正に行うことが求められる。具体的には、調査委員らの調査研究を踏まえた調査研究報告書(選定資料)に基づき選定委員会は、教育委員会への答申を行い、教育委員会における採択審議において、この答申に基づき最終的に子どもたちと教員らが使用する教科書を決めるということになるということが、適正手続き要件となる。
原告準備書面(9)16〜21頁で次のことを詳細に述べた。

つまり、教育委員らは、各教科の専門的な知識及び教育実践経験を有していないこと。教育委員らもその現実を認識していること。たとえば、本件教科書を採択した小田委員長は、2009年4月30日に開催された第9回教育委員会において、「委員が全て教科の教科書に目を通すことは、物理的に無理であると思います」(第9回教育委員会会議録 証拠甲20号証)との認識を示し、2001年度の愛媛県教育委員会(以下「県教委」という)の採択において、県教委の委員の一人は、「全部の教科書を細かく見るのは神業でないとできない。教科書には専門知識も入っており、何でも知っている人はいない」と委員自らが委員の独自の評価にもとづき、使用する教科書を決めることは不可能であることを認めている(『愛媛新聞』2001年8月20日 証拠甲21号証)。ヤンキー先生として名を馳せた元科省大臣政務官の義家弘介参院議員は、「教育委員が、すべての教科書を細かく熟読、比較検証し、児童・生徒の現状も考慮して、数多の教科書の中から最良だと思う一冊をそれぞれが選び、民主的手続きの中で採択する、なんて作業ができるわけない。・・・教員出身の私でさえ専門教科の社会科以外、完全に理解して採択に望んだとは到底言いがたい。本当の意味で判断できるのは、実際に日々子どもと向き合っている、その教科を専門とする教員以外にいない。」(月刊誌『MOKU』2011年6月号)ということなどである。

この採択の現実に基づき、先の述べた「綿密な調査研究に基づき、適切に」採択を行う必要があること、採択の在り方を「教科書の内容についての十分な調査研究によって、適切な手続きが不可欠であるとの文科省の「採択について(通知)」の指導が行われるのである。

なお、原告準備書面(74)43〜44頁で述べた、戦前の反省に基づく戦後教育原理により、国家の教育支配を象徴する一つの形態である国定教科書制度を廃止し、検定制度に改め、戦後教育方針を体現した教育委員会法50条2項(証拠甲106号証 『史料 教育法』神田修ら共編 学陽書房 1974年発行)で、「文部大臣の定める基準に従い、都道府県内のすべての学校の教科用図書の検定を行うこと」と定め、同法49条4項の「教科用図書の採択に関すること」とあることから、都道府県教育委員会が、検定を行い、そのうえで、都道府県教育委員会が所管する学校の教科書の採択を、文科省や教育委員会などが主張する「採択権限」に基づき使用する教科書を決めるというのであれば、それは、事実上国定教科書と同じとなることから、その「採択権限」の解釈は、原告らが主張する前記の「採択権限」に過ぎないことは明らかである。

つまり、教育委員らが、子どもたちが使用する各教科の教科書において、最も適切な教科書を決めるために必要な条件を満たしていないから、教育委員らの独自の教科書に評価に基づく採択を行うことが不可能であるという現実の理由だけが、選定資料の評価や答申に基づく採択を教育委員らが行う必要があるという理由だけではない。

このこと、つまり、戦前において教育が果たした負の歴史に対する反省をベースにした戦後の教育基本方針・戦後教育原理という観点からであることが最大の要因・理由である。

以上、るる述べてきたことが、採択における適正手続きの要件であり、これらを満たすことが本件採択において求められる。

2、本件採択は、適正手続きに反し違憲・違法がある

(1) 調査研究報告書及び答申を無視した本件採択の違法性

教育委員らは、公的手続きにより作成された調査研究報告書及び答申を無視し、教育委員らの私的な独自の教科書の評価に基づき、本件教科書を採択した。被告らの採択の在り方が、憲法などが要請する適正手続きに反し違法であることを主として原告準備書面(9)9〜15頁及び証拠甲7号証〜25号証で詳細に述べた。

なお、選定委員会の答申が、教育委員会の採択を拘束することを原告準備書面(10)、同(49)、同(65)などなど明らかにした。さらには、教育委員会には、被告が主張するような「採択権限」がないことを明らかにし、原告準備書面(9)、同(46)、同(47)、同(48)、同(49)など及び浪本勝年の「意見書」で、本件採択に違法を明らかにした。


(2) 本件採択手続において、調査研究報告書及び答申を無視した本件採択の概要

教科書採択の具体的な手続き及び調査研究報告書及び答申を無視した本件採択の概要は、次のとおりである。なお、別紙「専門知識を有する教員の調査資料に基づく採択を基本とする概念図」に即してその手続きを説明する(別紙「専門知識を有する教員の調査資料に基づく採択を基本とする概念図」参照)。

また、下記の表は、本件採択に向けて公的手続きを経て作成された公的資料の一覧である。

本件採択の公的手続きを経て作成された公的資料一覧 
@「平成24年度使用教科用図書調査研究資料」(以下「@資料」という。証拠甲7号証)

今治市教科用図書選定委員会の下に置かれた、調査員である教員などが教科書を調査研究した資料。これが最も基礎的な資料。
今治市教科用図書選定委員会が作成。
A(別紙1)平成24年度使用教科用図書調査報告書(学校集計用)資料。(以下A資料という。証拠甲9号証)

今治市の全教員が、教科書展示センターも出掛け、担当の教科の教科書を調査研究し、使用したい教科書の報告書を提出。それを各学校毎で集約した報告書。全教員への使用希望アンケートとの正確を持つ資料。
B(別紙3)平成24年度使用教科用図書調査報告書(学校集計用)」(以下「B資料」という。証拠甲10号証)
上記の報告書に書かれている全学校の意見を教科毎にまとめた一覧。なお、これには、保護者の意見も含まれている。
C「平成23年度 今治市教科用図書選定委員会 審議結果報告書」(以下「C資料」という。証拠甲8号証)

選定委員は、校長会代表者・教員代表者・保護者代表・学識経験者で構成。@〜B資料と県教委が作成したD資料(証拠甲93号証)に基づき協議し、教科書を選定し、教育委員会に答申した報告書。


(A) 「今治市教育委員会」は、「今治市教科用図書選定委員会規約」に基づき、「今治市立中学校において使用する教科用図書の採択を公正かつ適正に行うため」に、「今治市教科用図書選定委員会」(以下「選定委員会」という。)を設置し、教科書の調査研究と選定などを諮問する。


(B) 「選定委員会」に「教科用図書に閲し、専門的な調査研究を行う」ために「調査部会(調査員)」を置き、調査研究を行わせる。


(C) 「調査部会(調査員)」は、たとえば、社会科の教育職員免許状を有する教員(3名)は、社会科の教科書(歴史・公民・地理)を教育上の専門的な観点から調査研究を行い、それを基に@資料(証拠甲7号証)を作成する。


(D) 「全教員」は、閲覧要請を受け、教科書展示会に出掛け担当教科の教科書を閲覧し、読み比べ、調査報告書を学校に提出、各学校毎で集計し、調査部会に提出し、これを基にA資料(証拠甲9号証)を作成する。


(E) 「全教員」及び「保護者」の各教科書の具体的な意見をまとめたB資料(証拠甲10号証)を作成し、「調査部会(調査員)」に?提出する。


(F) 「選定委員会」の選定委員ら(校長会代表者・教員代表者・保護者代表・学識経験者の10名で構成)は、「調査部会(調査員)」が調査研究した@資料と、「全教員」のA資料と「全教員」及び「保護者」のB資料と、県教委からF指導・助言・援助として今治市教育委員会に送付された「調査員」が作成したD資料(証拠甲93号証)を基に、教科書の選定審議し、各教科毎に子どもたちのふさわしい教科書を選定する。


(G) 「選定委員会」は、「?今治市教育委員会」に前記の選定審議結果を答申する(C資料:証拠甲8号証)。

(H) 「今治市教育委員会」において、教育委員らは、「選定委員会」の答申を受けて、@資料〜D資料に基づき採択審議を行い、本件教科書などを採択した。

(3) 調査研究報告書及び答申を無視した違法な本件採択の概要

「選定委員会」の選定委員らは、「調査部会(調査員)」の調査研究資料の@資料(公的資料)などを尊重し、教科書を選定した(注1)。

ところが、独自の私的評価に基づき採択するために必要な教育上の資格・条件を満たしていない「今治市教育委員会」の教育委員らの相手方(キ)らは、実質的な採択審議も行うことなく、「選定委員会」のC資料(公的資料)の答申において、最も評価の低い本件教科書を、独自の私的評価に基づき本件教科書を採択した。

例示的に、本件資料における本件歴史教科書の@資料(公的資料)、A資料(公的資料)、C資料(公的資料)の評価を次に表として示しておく(詳細は、原告準備書面(22)、同(44))。

@「平成24年度使用教科用図書調査研究資料」(証拠甲7号証)の「歴史教科書」の「資産価値」は、原告準備書面(22)10〜12頁に示されている下記の表のとおりで、A、B,C,D順に評価の高さを表していて、東京書籍は1位、教育出版は2位、育鵬社は5位であり、調査員らの育鵬社歴史教科書の「教育的情報資産価値評価」は、低い。

   

「A資料 平成24年度使用中学校教科用図書調査報告書学校集計・歴史」は、証拠甲9号証「(別紙1)平成24年度使用中学校教科用図書調査報告書(学校集計)」における各学校の社会科教員67人のアンケートに示された教科書の評価(使用を希望する教科書)にもとづく教科書の「教育的情報資産価値評価」の順位である。下記のように、東京書籍は37人で1位、教育出版は13人で2位、育鵬社は5人で5位で、教員らのアンケートにおいても育鵬社歴史教科書の使用を希望する教員は少なく、同教科書の「教育的情報資産価値評価」は低い。
   

下記の表の「C資料 第2回選定委員会会議における歴史教科書の評価表」(証拠甲8号証。以下「C資料歴史評価表」という。)は、前記の庶務案と審議を経て教育委員会へ答申された教科書の評価の順位の一覧で、育鵬社版歴史教科書は、答申された教科書の三番目と、選定委員らのなかでも評価は低い。
   

   下記は、@AC資料の評価の部分だけの一覧である。

   

   下記は、今治市教委が採択した歴史教科書(育鵬社)である。

   


 以上のように、上記の歴史教科書@ACの評価表に示されている本件資料における本件育鵬社歴史教科書の評価と今治市教委の教育委員ら相手方(キ)らとの独自の私的な評価価値とには大きな齟齬がある。そして、上記のように、東京書籍は1位、教育出版は2位、育鵬社は5位であり、本件育鵬社歴史教科書の「教育的情報資産価値評価」は、低いにもかかわらず、今治市教委の教育委員ら相手方(キ)らは、育鵬社歴史教科書を高く評価し、独自の私的な評価に基づき本件育鵬社歴史教科書を採択した(詳細は準備書面(22))。

 以上のように、前記(F)の注1と選定委員らの選定と(H)の注2の教育委員らの相手方(キ)らの採択を比較すると、教育委員らの相手方(キ)の本件教科書の採択の異常さ(専門知識を有する教員の調査資料に基づく採択を基本とする採択目的違反)が明らかである。

 つまり、教育委員らの相手方(キ)の教育委員らよりも相対的に教育上の専門的な知識・経験を有する選定委員らは、調査員らの調査研究資料の@資料などを尊重し、教科書を選定している。しかし、教育上の専門的な知識・経験を有しない教育委員らの相手方(キ)らは、独自の私的な評価価値に基づき本件教科書を採択した。

 その行為は、先に引用した教育委員の「全部の教科書を細かく見るのは神業でないとできない。教科書には専門知識も入っており、何でも知っている人はいない」(『愛媛新聞』2001年8月20日 証拠甲21号証)という現実から、「専門知識を有する教員の調査資料に基づく採択を基本とする採択制度」が採用され、この採択制度に照らすとき、教育委員らの相手方(キ)らが行った独自の私的な評価価値に基づく本件教科書を採択した行為は、原告準備書面(74)32〜38頁などで示した教科書採択における教育委員会の責務に反する憲法違反、子どもの権利条約違反、憲法が要請する適正手続き及び行政手続法に違反する。

 このような採択は、教育基本法16条が禁止する教育への「不当な支配」(介入)であり、「誤った知識や一方的な観念を子どもたちに植えつけるような内容の教育を施すことを強制するようなことは、憲法26条、13条の規定上からも許されないと解することができる」(旭川学力テスト最高裁判)に該当し、憲法26条、13条違反がある。また、教育委員らは、特別公務員であるので、同採択は、憲法99条の憲法尊重擁護義務に反する。また、それは、教育委員という地位と職権の濫用(民訴法)に該当する。そして、浪本勝年の「意見書」で指摘するように、教育条理に著しく反する違法があり、当然ながら無償措置法違反があり、社会通念、公序良俗などに著しく反する違反となる(詳細は、原告準備書面(9)、同(49)など)。


(4) 本件採択審議において適正手続きで求められる実体審議を行っていない

 原告準備書面(36)で、本件「採択会議」で「適正・公正な審議・採択」は行われなかったことを詳細に述べた。

 つまり、教育委員らの相手方(キ)らは、選定委員会の「調査報告書」・「審議結果報告書」に基づかない採択を行ったばかりではなく、自らが採択を主張し決定した育鵬社版教科書に対する自らの評価と、上記・両「報告書」におけるそれへの評価内容との違いなどについても、全く審議・検討することはなかった。また、両「報告書」において評価が高い教科書の内容と、自らが採択を主張する育鵬社版教科書の内容との比較・検討も一切行わなかった。
 つまり、教育委員である相手方(キ)らにとっての「採択会議」とは、審議によって、数社の教科書の中から一社の教科書を選び決定する場などではなく、あらかじめ予定していた育鵬社版を、多数決によって「形式的に」決める「アリバイ」的な場でしかなかったのである。


(5) 教科書採択は、公共入札の一種で、本件採択は、独占禁止法違反がある

 教科書採択が、公共入札の一種であり、本件採択は、独占禁止法違反があることを原告準備書面(21)、同(37)及び証拠甲45〜51号証で明らかにした。

 原告準備書面(20)、同(40)などと証拠甲38〜44号証及び同74〜88号証で、本件教科書と日本教育再生機構と育鵬社は、本件育鵬社版教科書の共同事業者であり、教科書改善の会は、扶桑社版教科書を引き継いだ育鵬社版教科書の採択運動の独占禁止法対策として別働隊である。愛媛県本部は、愛媛における本件教科書の採択運動を推進する中核団体であり、日本会議は、再生機構及び教科書改善の会と密接な関係にあり、本件教科書の普及させる事業を育鵬社・再生機構・教科書改善の会とともに行い、そのなかで、独占禁止法に反する違法行為を行った。
 今治市教委は、本件教科書の共同事業である再生機構・教科書改善の会・日本会議(愛媛県本部)が、独占禁止法に反する違法行為を行っているのであるから、公正かつ適正な採択環境整備義務上の責務を行使するために、本件教科書を公共入札の対象から除外しなければならない。

 しかしこれを怠り、今治市教委は、本件教科書を違法に採択した。

 相手方小田委員長(当時)は、県教委が、「当実行委員会自体が、同社教科書採択を推進する団体」である日本会議の会員であり、今治市長菅良二は、愛媛県教育委員会が、「当実行委員会自体(注:日本会議のこと、原告注入)が、同社教科書採択を推進する団体」である日本会議の地方議員連盟の正会員の市長である。今治市長菅良二は、首長としての立場と責務を放棄し、日本会議の地方議員連盟の正会員としての個人的な信条から、本件育鵬社版教科書の採択を支持し、この違憲・違法な本件採択に深く関与した。 相手方小田委員長は、日本会議の会員であるという個人的な信条から、本件教科書を違法に採択させたことを明らかにした。


(6)
小結(本件採択は違憲・違法がある)


以上のように、本件採択は、以上述べてきたように、違憲・違法がある。その詳細は、各準備書面のとおりである。



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